東京高等裁判所 昭和24年(ネ)678号 判決
控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和二十四年二月二十二日附で公表した控訴人に対する昭和二十四年度農業計画並びに生産計画、供出割当及び同日控訴人に交付された昭和二十四年度産米雑穀供出個人割当を取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記の外は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。
控訴人は下記のように主張した。被控訴人が本件の訴訟行為をなすについては、村議会の議決を経なければならないのに、その議決を経てないから、それを看過してなした原判決は失当である。被控訴人は昭和二十四年二月二十二日に昭和二十四年生産者別農業計画並びに生産計画、供出割当を定め、控訴人に対しては、別紙記載のように米十三俵八貫八百匁、大豆十二貫、落花生四貫四百匁との割当をなし、昭和二十四年二月二十二日にその旨控訴人に通知した。しかし右計画及び割当は左記のような理由によつて違法で、取消さるべきものであるから、これが取消を求める。(一)、被控訴人は毎年農業計画と生産計画とを定めるについては、食糧確保臨時措置法(以下食確法と略称する)第五条第二項によつて生産者である控訴人の意見を徴すべきであり、意見を徴するについては、栃木県知事の被控訴人に対する栃木県耕地調査実施要領に基いて、部落調査責任者をして各生産者から意見を徴して調査をなさしめて、調査表を提出さすべきであるのにかかわらず、控訴人に対しては、右のような処置をなにも採らなかつた。(二)、被控訴人は食確法第五条第三項、第六条によつて、まず農業及び生産計画を公表し、その公表の日から十日間の異議申立期間をおいて、その期間内に異議の申立がないか、又異議の申立に対し決定をなした後に、初めて農業及び生産計画並びに供出割当を指示することができるのである。それなのに被控訴人は昭和二十四年二月二十二日に農業計画と生産計画とを公表し、右期間をなにも存置しないで同日右各計画と供出割当との指示を公表し、控訴人に対しても即日別紙記載のような内容を指示した。(三)、控訴人は元絹板部落に属していたが、右部落は昭和二十二年五月三日公布即日施行された部落会等類似団体解散令によつて解散された。被控訴人はそれなのに拘らず、上記農業及び生産計画並びに供出割当の公示を、右解散前も解散後も掲示場ではない、絹板部落の高山彦一郎方裏口の軒下戸板に掲示して公表した。なお現在の村条例によれば絹板部落は絹板と台絹板とに分れ控訴人は台絹板に居住している。故に右公表は違法である。(四)、右農業及び生産計画並びに供出割当によれば、吉田村大字絹板字北谷田十一番田七畝二十七歩、同所十二番田七畝十三歩、同所七十七番の二田九畝十二歩、同所百二番田一反一畝二十六歩を控訴人が耕作しているものとしているが、控訴人は右土地を全然耕作していないから、右農業及び生産計画並びに供出割当とその指示とは違法である。(五)、被控訴人は農業及び生産計画並びに供出割当と不可分の関係にある昭和二十四年度の肥料配給手続をなすべきであるのに拘らず、控訴人に対してはその手続を採つていない。控訴人はやむなく肥料購入通帳によらないで同年五月十六日に肥料七貫匁を買入れたのである。故に被控訴人の処置はこの点よりしても違法である。以上(一)ないし(五)の原因以外の事実は全部撤回して主張しない。なお、被控訴人主張の昭和二十四年十二月二十四日の災害補償のさい、被控訴人主張のような変更供出割当表の通知書が控訴人に到達したことは認めると述べた。なお、被控訴人の行政事件訴訟特例法第十一条の主張に対し、それは日本の民主化の妨げとなる考で、国民の基本的人権を侵害する理由なき主張であると述べた。
被控訴代理人は下記のように主張した。被控訴人が本件訴訟に応訴するについて、村議会の議決を経てないことは認めるが、議決を経るを要しないものである。控訴人主張の取消を求める(一)の事実に対しては、被控訴人は昭和二十四年一月三十一日及び同年二月八日に栃木県知事から吉田村においての昭和二十四年度の産米供出割当数量を六千五百三十二石(雑穀を含み六千五百四十四石から大豆米換算十二石を控除)とすること、栃木県昭和二十四年産米甘藷、馬鈴薯農業計画実施要綱に基いて、市町村長は同年二月二十日迄に生産者別農業計画を定めて、これを当該生産者に書面で通知すると共に公表(役場には部落別、部落には個人別に夫々掲示板に公示)すること。右公表中には計画の基礎となつた作付面積、反当収量、家族保有人員等を含むこと。農業計画中生産数量の指示は各生産者に之を行うこと、等の指示に従つた。被控訴人は農業調整委員会で部落別の農業計画を定めた後、同年二月八日附で控訴人に対して、昭和二十四年度農業計画、生産計画、資料、土地及び人口調査の件を照会したところ、控訴人から同月十一日に回答があつた。被控訴人は更に明確を期するために、同月十四日農業調整委員大島部三郎外五名及び農林省食糧検査所吉田村出張所技官坂本武之輔を控訴人宅にやつて、控訴人に面接の上耕作地の所在、地番、面積、人口等を調査させ、その資料に基いて、同月十五日農業調整委員会の議決を経て、控訴人に対する産米、雑穀等の農業及び生産計画並びに供出割当とを決定したのである。故に被控訴人は控訴人の意見を徴したものであるから、食確法第五条第二項の規定に違反したことはない。控訴人主張の(二)のように農業及び生産計画と供出割当の公表と、農業及び生産計画並びに供出割当の指示の公表と、控訴人自身に対する指示が同日に行われたもので、その処置の妥当でなかつたことは認める。しかしながらその処置も栃木県知事の指示に従つてとられたものである。計画を公表して異議申立期間が存しなかつたことは違法であるとしても、控訴人は農業及び生産計画並に供出割当の指示に対し異議を申立て右異議申立は村農業調整委員会の議決を経て却下されたのであるから、上記のような形式的なことのみを理由として、農業及び生産計画並びに供出割当の指示と控訴人に対する個人割当の指示取消を求める利益を有しないと解すべきである。(三)の事実の中、農業及び生産計画並びに供出割当とを控訴人の主張のように絹板部落協力委員高山秀一郎方の裏口軒下の絹板部落掲示場に公表されたことは認める。吉田村には十五部落あるが、吉田村の村条例公告式条例によれば、公告の掲示場は当初は、役場前、絹板その他三個所であつたが、昭和四年五月十六日に公式条例を改正して、更に八個所を増設したので、合計十三個所になつたが、各部落毎に掲示場が存しない。絹板部落の掲示場が破壊されたままになつていたので、農業協力委員をしていた高山秀一郎方に公示したのである。仮に、右公示についてかしがあつたとしても、右のような部落別に対する公示の場所については食確法自体にはなんの規定もなく、ただ栃木県知事の指示に反したに止まるのであるから、控訴人の主張のように取消の原因にはならない。なお、控訴人主張のように部落自体が解散を命ぜられたことはない。(四)被控訴人が控訴人に対し田自作六反八歩の耕作者として農業及び生産計画並びに供出割当を指示したことは認めるが、その余の控訴人の主張は否認する。右の田の自作地は控訴人自身が確認していたものである。控訴人は昭和二十四年には右割当水田中四筆合計三反六畝十八歩については、作付をなさなかつたので、昭和二十四年十月二日に自作農創設特別措置法によつて買収されたことはあるが、農業及び生産計画並びに供出割当とその指示とが適法である限り、その後の耕作者が具体的に計画通りに実施しなかつたとしても、そのために適法であつた当初の計画と指示とが不適法なものになることはあり得ない。ことに、被控訴人は昭和二十四年十二月二十四日災害補正の際、上記買収反別の予想収獲量を補正して、残耕地二反三畝二十歩の分として供出量を一石三斗四升と変更決定したものであるから、被控訴人の処置にはなんのかしもないのである。(五)の主張に対しては、被控訴人は他の生産者に対してと同様に、昭和二十四年度の肥料の配給について必要な農林省発行の肥料配給通帳を、肥料の種類及び数量を記入して、控訴人に対して交付したから、控訴人が右通帳を用いて肥料を購入したかどうかは知らないが、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
なお、仮に以上の主張が理由なく、控訴人の主張が理由があつて、控訴人主張のとおり農業及び生産計画並びに供出割当の指示が取消されるとすれば、食確法第七条第三項の効力を生ぜしめることができないから、控訴人は昭和二十四年度の産米その他の供出義務を免れるという結果になる。このような重大な結果を招来することは、我国の食糧供出の重大性に鑑み許し得べきものではないから、行政事件訴訟特例法第十一条にいわゆる「行政処分の取消変更が公共の福祉に適合しない」場合に該当するもので、この点からして結局、控訴人の請求は棄却せらるべきである(各証拠省略)。
三、理 由
地方自治法第九六条第一項第十号の規定によれば、普通地方公共団体の訴訟については地方議会の議決を要する旨規定されているが、右のように地方議会の議決を要するのは、地方公共団体が自ら訴を提起する場合のことで、相手方として応訴する場合は地方議会の議決を要しないものであると解するのが相当である。若し地方公共団体を相手方として訴が提起された場合に地方議会が議決しないときは、永久に訴を提起し得ないことになることを考えれば、上記のように解するのが妥当であるし、又それは、民事訴訟法第五〇条の規定の趣旨からも類推することができる。さうであるから本訴について、被控訴人が被告として又被控訴人として本訴に応訴するについて、吉田村村議会の議決を経てないことはなんのかしにもならず、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
被控訴人が控訴人主張のように昭和二十四年度の農業及び生産計画並びに供出割当とその指示とを同時に昭和二十四年二月二十二日に公表し、かつ同日控訴人に別紙記載のように指示したことは当事者間に争がない。控訴人は右農業及び生産計画並びに生産割当の指示及び控訴人への右割当通知は五つの事由によつて違法であると主張するから、その当否について遂次左に判断する。
(一)、各成立について争のない甲第四号証、乙第二号証、当審証人藤沼純二の証言によりその成立を認められる乙第七号証の一、二及び原審証人塚田常五郎、当審証人藤沼純二の各証言によれば被控訴人は昭和二十四年一月三十一日栃木県から同年度の産米、甘藷、馬鈴薯等の農業計画実施要綱に基く計画の施行を指示されると共に同年度の産米の供出可能数量、供出割当数量の指示を受けたので、右指示に基いて同年二月七日に農業調整委員会を開き、各部落別と個人別の産米農業計画を立てる基礎資料として同月八日附で控訴人初め各農家に対し反当収量、保有人口調査、耕地面積を書面で照会し、控訴人からの回答(乙第二号証)があつたが、更に同委員会は同月十四日に委員、掛員等数名が控訴人方を訪問して、反当収量、保有人口及び耕地面積等を控訴人から説明を受けた上、控訴人に対する同年度の産米、雑穀農業計画を決定したことを認めることができ、外に右認定を動かすに足るなんの証拠もない。そうであるから、被控訴人は食確法第五条第二項にいう生産者の意見を徴したものと認めるのを相当とする。故に控訴人の意見を徴しないとの控訴人の主張は理由がない。
(二)、被控訴人が昭和二十四年二月二十二日に農業及び生産計画並びに供出割当とを公表すると共に、それを指示し、控訴人に対しても即日そのことを指示したことは当事者間に争がない。右の処置が食確法第五条第三項及び第六条によれば違法であることは控訴人の主張するとおりであるが、上掲甲第四号証と乙第七号証の一、二並びに各成立に争のない甲第一、第二、第三号証と乙第四号証及び当審証人藤沼純二と原審証人塚田常五郎の各証言によれば、控訴人は昭和二十四年三月一日被控訴人に対し昭和二十四年度の農業及び生産計画並びに供出割当の指示に対し、控訴人の意見を徴しないことを理由として異議を申立てたが、同年三月十九日に却下されたことを認めることが出来きる。食確法が農業及び生産計画並びに供出割当を公表してから、異議申立の期間をおいてその指示を命じているのは、農業計画の公平を期し各人の権利を不当に侵害しないことを期するためなのであるから、右の公表と指示とが同時になされ、計画に対する異議申立の期間がなかつたとしても、農業及び生産計画並びに供出割当の指示に対し異議を申立て、更に訴で取消を求めることが認められて、その是正を求める機会が与えられている以上、生産者の権利は保護されていると認めるのが相当である。従つて、農業及び生産計画並びに供出割当の内容に実質上の不当不公平があれば格別、右計画を公表して異議申立期間をおかないで指示したとの一事のみでは、右農業及び生産計画並びに供出割当の指示を取消すべき事由には該らないと解するのが相当である。故にこの点に関する控訴人の主張も理由がない。
(三)、控訴人に対する農業及び生産計画並びに供出割当の公表が絹板部落の高山秀一郎方裏口の軒下戸板に掲示されてなされたことは被控訴人の明らかに争わないところである。昭和二十二年五月三日公布、即日施行された部落会等類似団体解散令によつて解散を命ぜられたのは部落会で、部落そのものは解散を命ぜられていない。当審証人藤沼純二の証言によれば、控訴人が本来絹板部落に属しているか台絹板部落に属しているか不明だが、両部落から共に排斥され部落に属してないと取扱われているので、被控訴人はやむなく控訴人に対する右各計画及び供出割当の指示の公表を上記のように、両部落のと別に公表したことを窺知することができる。そうだとすれば右の認定のような公表方法は必ずしも妥当とはいい難いが、食確法その他の法令に公表の場所まで明定した規定のないところから考えれば、その一事で控訴人に対する農業及び生産計画並びに供出割当の指示を取消すべきほどのかしとも認め難いから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。
(四)、控訴人に対する農業及び生産計画並びに供出割当の公表とその指示には、控訴人主張のような田を控訴人が耕作していることを前提としてなされたものであることは当事者間に争がない。しかし上記(一)で認定したように右各計画と生産割当の指示は控訴人の意見を徴した上決定したものであり、殊に上掲乙第二号証と当審証人藤沼純二の証言によれば、右の田はいずれも控訴人が植付収穫は未定だが、一応控訴人自身で耕作するとして被控訴人に申告していることを認むることができ、他に右認定を動かすに足るなんの証拠もない。そうだとすれば、控訴人がその後に右田を耕作しなかつたとすれば、そのことを事由として供出命令に対して争うのは格別として、農業及び生産計画並びに生産割当とその指示自体の取消を求めることは許されないものと解するのが相当であるから、控訴人が右田を現実に耕作したか、又その後に被控訴人がとつた処置などを審理判断するまでもなく、この点に関する控訴人の主張も採用することができない。
(五)、控訴人は、供出手続と不可分の関係にある肥料配給手続を被控訴人は控訴人に対しとらないのは違法であると主張している。しかし、肥料配給通帳は食確法に基いて発行せられているものではなく、肥料配給規則に基いて発行せられているものであつて、供出義務を有する生産者に対しては肥料配給通帳が交付せられることになつているが、肥料配給通帳が交付されなければ農業計画及びその指示がなし得ないという関係にたつとの規定はなにも存しない。たとえ、昭和二十四年度の肥料配給通帳が控訴人に交付せられなかつたとしても、控訴人は被控訴人に対しその交付を求め得べき権利があるのである。なんら特別の規定なく、又特別の事情についてなんの主張、立証のない本件では、たとえ控訴人が肥料配給通帳の交付を受けなかつたとしても、それを以て直ちに控訴人に対する農業及び生産計画並びに供出割当の指示が取消さるべき関係に立つものではないと解するのが相当であるから、その余の争点についての判断をなすまでもなく、この点に関する控訴人の主張も亦採用することはできない。
そうであるから、控訴人の(一)ないし(五)の主張は全部理由がないから、それらが理由あることを前提とする被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は結局において相当で、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条によりこれを棄却して、控訴審での訴訟費用の負担について同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)
(別表省略)